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知床特集

連載「オホーツク回廊を行く」

 知床 (1) 海鷲の未来

雄姿追い詰める「文明」

オオワシのつがい
 知床国立公園の玄関口、斜里町ウトロ温泉街の灯が突然消えた。2003年1月11日未明のこと。「また停電か」――。
 風雪の厳しい知床では、着雪による停電が時折発生する。北海道電力の職員が駆けつけ、送電線をたどった。
 約6時間後。ウトロ地区からはるか西へ20キロ離れた朱円地区の奥蘂別川河口付近で、3300ボルトの高圧送電線に、無残にぶら下がっているオオワシが発見された。
 鋭い爪(つめ)を持つ足には、感電死と見られる黒い焦げ跡が残っていた。
 斜里町では一時、シマフクロウの感電死が相次いだため、ウトロ地区の電柱には、止まるのを防ぐ器具が設置されていた。新たなオオワシの事故を受け、北電は器具をオオワシ用にも改良し、ウトロ地区以外でも工事を始めた。
 斜里町立知床博物館の中川元・館長は「エゾシカ駆除が増えたため、オオワシがエゾシカの死がいを追って内陸に向かう傾向がある。海岸沿いだけでなく、内陸でも対策が必要になるだろう」と語る。

*     *

 風を探している。上昇気流を見つけたオオワシたちが、一斉に飛び上がる。
 「すばらしい。野生の生き物って、精かんな顔つきね」。2003年11月16日、知床半島を視察した小池百合子環境相は、羅臼岳付近を飛び交うオオワシの姿を見て声をあげた。
 この時期、サハリン方面から来たと見られる大群が、半島の上空を飛び交い、国後島や根室方面に向かう。流氷が訪れる1月後半には、知床に再び大群となってもどり、スケトウダラを追う。
 オホーツク海沿岸のみで生息するこの美しいワシは、世界の愛鳥家のあこがれのまとだ。ソ連崩壊前まで、自由にオオワシを観察できるのは、世界中でも知床など北海道だけだった。スケトウダラ漁が最盛期を迎えた1980年代後半は、9割のオオワシが知床で越冬していたという。
 ところが、漁が不振になり、同じ時期、エゾシカの大量駆除が始まる。スケトウダラに代えて、鉛弾を受けたエゾシカの死肉を食べ始めたオオワシが、次々と鉛中毒によって息絶えた。

*     *

 サハリン北東部では、2003年から石油天然ガス開発が本格的に始まった。その現場は、オオワシの繁殖地と重なる。
 今年5月には、最大の渡りルートである宗谷岬に、国内最大の風力発電施設の計画が着工される。
 感電死、鉛中毒、石油開発、風力発電……。いくつもの障壁が、オオワシの前に立ちはだかる。
 「私たちの未来は、海鷲(うみわし)の未来に重なる。オオワシは、文明のありようを映し出す鏡だ」。道内とサハリンなどでオオワシの研究を続ける北海道野生生物保護公社の斎藤慶輔研究員は、つぶやいた。
文・石原 健治
写真・山本 高裕

環境と開発 どう両立

原油輸出ターミナルとLNGプラントの建設が進むプリゴロドノエ。リシツィン氏は、SE社がタンカー事故の予防策を持っていないことを懸念する
 原油タンカー事故が起きたら、自然環境への影響は計り知れない――。ロシア・サハリン州北東部のオホーツク海大陸棚で進められている大規模な石油・天然ガス開発「サハリン プロジェクト」に、日露両国の環境保護団体が国境を越えて警鐘を鳴らしている。(富田 智晃)

 ■凍らないアニワ湾
 州都ユジノサハリンスク市から、南に車で約1時間。アニワ湾に面するコルサコフ市近郊のプリゴロドノエは、周囲一面が雪景色だった。夏場に使われる別荘しか見当たらない静かな避暑地。しかし、資材などを積んだ大型ダンプカーが、ひっきりなしに行き交っている。
 「ここに、原油輸出ターミナルと液化天然ガス(LNG)プラントが建設されます。アニワ湾は凍らない。完成すれば、開発会社であるサハリンエナジー社(sE社)は通年操業が可能になるのです」  サハリンプロジェクトを監視し、提言を続けているロシアの民間活動団体(NGO)「サハリン環境ウオッチ」のドミトリー・リシツィン代表が、建設予定地を見ながら語った。
 ここから北に約800キロ離れたサハリン北東部の沖合で進められているプロジェクト「サハリン2」は現在、1期工事が終わり、掘削現場の海上施設近くでタンカーに原油が積み込まれている。オホーツク海が氷に覆われる冬、SE社は操業できない。
 が、プリゴロドノエの施設が完成すれば、原油と天然ガスは掘削現場から陸上パイプラインで運ばれ、通年操業が可能となる。操業開始は2006年。原油が積まれたタンカーは、冬でも宗谷海峡を通り、日本や韓国、中国などの消費地に向かう。

   ■原油流出対策は?
 北海道大の研究では、アニワ湾や宗谷海峡でタンカー事故が起きた場合、北海道のオホーツク海や日本海の沿岸部に油が到達する。
 「SE社は、タンカー事故の予防策や対応策を持っていない。事故はタンカー会社の責任という契約だからだ」。リシツィン氏は、SE社の対応に疑問を投げかける。
 ユジノサハリンスク市のSE社オフィス。疑問に対し、広報担当者は「われわれはビジネス上の利益率と同じぐらい、健康、安全、環境対策を重要視している。タンカー事故も対応はする」という。しかし、同時に「公海上でのタンカー事故の法的責任は、船主と荷主にあることも理解してもらいたい」と強調することも忘れない。

   ■日露連携
 日本の「国際環境NGO FoE Japan」(本部・東京)も、「サハリン環境ウオッチ」と連携し、SE社などにたびたび環境対策を提言している。2003年7月には、札幌市内にリシツィン氏らを招き、サハリンプロジェクトの市民フォーラムを開催した。
 両団体は、開発に反対している訳ではない。
 オホーツク海には、絶滅が心配されるコククジラが生息する。サハリン州には、知床に飛来するオオワシがいる。開発と環境保護という背反する課題の解決策を、SE社やサハリン州、北海道の住民とともに見つけるのが狙いだ。
 北大を中心とした研究者も、サハリンプロジェクトに警告を発している。
 道立オホーツク流氷科学センターの青田昌秋所長(北大名誉教授)もその1人。「国際シンポジウムなどで、研究者は事故の危険性などを訴え続けてきた。今後は、行政や漁業者らが、サハリンプロジェクトを自分の問題として考えなければいけない」と指摘する。
 宗谷海峡を挟み、サハリン州とわずか40数キロの距離にある稚内市は、2004年度から、ひしゃくやスポンジの備蓄を始める予定だ。横田耕一市長は「出来ることは限られているが、行政として出来ることはやっていきたい」と話す。
 四方を陸地に囲まれ、日露両国の“湖”とも言えるオホーツク海で、開発と環境保護をいかに両立させるのか。その答えは、ロシアと北海道の住民の、国境を越えた取り組みでしか見つからない。

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