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知床連載記事

知床の挑戦〈1〉 この海 オレたちが守る

 【湧いてくる魚】

深夜に仕掛けた刺し網でホッケを引き揚げる漁業者(後方は知床半島先端)
深夜に仕掛けた刺し網でホッケを引き揚げる漁業者(後方は知床半島先端)

 日の出が早い。白夜を思わせる午前4時、国後島の後ろから昇った太陽が知床半島を照らし出した。深さ2000メートルの海に下ろした刺し網はわずか2時間で、ホッケやタラ、カレイなどでいっぱいになり、引き揚げられた。

 「いきなり駆け上がるように深海の魚たちが湧(わ)いてくる。知床の海はすごいんだ」。羅臼町のホッケ刺し網船の船長、石田一美さん(46)は笑顔を見せた。

 流氷域の最南端にあり、多種多様な命をはぐくむ海。その豊かさが、世界自然遺産登録の決め手の一つだった。だが、暗い影も忍び寄る。

 1990年、羅臼漁協のスケトウダラの漁獲量は11万トンを超え、水揚げ高は150億円に達した。「スケトウ御殿」と呼ばれる高級住宅が浜に並ぶ。しかし、その後漁獲量は急落し、昨年は1万トンを切った。根室海峡に出没する3000トン級のロシアの巨大トロール船による乱獲や地球温暖化に伴う水温上昇が原因とされる。漁師は丘にあがり、船は95年の177隻から80隻に減った。

 魚が減って先細りが心配される漁業に、世界自然遺産登録への動きが、追い打ちをかけた。

 「絶滅危惧(きぐ)種である海棲(かいせい)哺(ほ)乳(にゅう)類トドのエサであるスケトウダラの禁漁区を作れ」。遺産登録への審査に大きな影響力を持つ「国際自然保護連合(IUCN)」(スイス)が昨年秋から、日本政府に漁業制限を求めてきたのだ。

 「漁業ができない世界遺産なんて願い下げだ」。漁師たちの反発が高まり、遺産登録を実現させたい環境省など行政との話し合いが難航した。

 結局、新たな漁業規制を押しつけないことを確約した公文書を環境省、道が作り、漁業者を納得させた。が、日本政府はIUCNに対し、漁業と海洋生態系保全の両立を図る海域管理計画を3年以内に作ると約束している。漁師たちの間には、「数年先には、結局規制がかかってくるのでは」と不安がくすぶる。

 【再生のチャンス】

 だが、石田さんは言い切る。「この海を守るのは、世界のどこかの機関ではなく、オレたち漁師だ。世界自然遺産登録を、漁業再生のチャンスにしたい」

 95年から6年前までの漁協青年部長時代、「獲(と)ることばかりでは町はだめになる」と、スケトウダラの人工孵化(ふか)や産卵期の漁の自粛などの自主規制を提案、独自の資源管理を始めた。

 「漁業者の自主規制を行政や研究者が支えていくことが大事だ。特にオホーツク海は地球温暖化の影響で海水温が上昇し、資源が大きく変動しつつある。もはや獲るだけの漁業ではもたない」。北海道大学大学院水産科学研究科の桜井泰憲教授は語る。

 石田さんが漁協青年部長時代、副部長を務めたサケ・マス定置網漁を営む湊屋稔さん(42)の構想も意欲的だ。太陽光が届かない水深にあり、栄養やミネラル成分に富み雑菌が少ない海水、海洋深層水を使った付加価値の高い水産加工品作りを目指す。

 「人と自然がいきいきと共生する世界自然遺産にしたい」。石田さんと湊屋さんは、新たな道を踏み出した。

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