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知床特集

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人と共栄 知床の大自然 保護と観光 新たな一歩

 北海道・知床は、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)(本部・パリ)が南アフリカ・ダーバンで開いた世界遺産委員会最終日の17日、世界自然遺産へ登録された。屋久島、白神山地に次ぐ国内3番目の自然遺産だが、漁業海域を登録範囲に含むのは、日本で初めて。資源利用と生態系の保護。魚を含む河川環境の復元。観光と、手付かずの自然の保護。いくつもの課題を前に、「新生知床」の歩みが始まった。

(編集委員・河野博子、北海道支社・石原健治、山口香子)

 海域管理、河川の復元…動く地元民

 世界自然遺産登録までの長い道のりのなかで、人々は、いくつもの難問を乗りこえてきた。

水面に知床連山が映る知床五湖=富田大介撮影
水面に知床連山が映る知床五湖=富田大介撮影

 「国際自然保護連合(IUCN)」は、世界遺産条約で助言機関と位置づけられ、審査に大きな影響を持つ。今年5月、知床の世界自然遺産登録が「適当」との評価書をまとめるまでには、昨年7月の現地調査に続き、日本政府や地元に課題を突きつけてきた。

 昨年9月、書簡により、海生哺乳(ほにゅう)類トドなどの保護のため、禁漁区の設置も視野に入れた海洋保護の強化を要求。「世界遺産だから、と言われなくても、やるべきことはやっている」。漁業者は反発した。

 1990年には11万1000トンあったスケトウダラの漁獲量が昨年は10分の1以下になるなど激減。漁業者は、漁期を短くするなどの自主規制を始めていた。日本政府は、漁業者の取り組みを説明したが、IUCNは今年2月、沿岸1キロの候補地を沿岸3キロに拡大するよう求めてきた。

 3月16日に開かれた羅臼漁協と環境省・道の話し合いは、紛糾。結局、「新たな漁業規制は行わない」「トドの駆除は続ける」などについて、行政側が確約する公文書をだすことで、漁業者側は了解した。羅臼、ウトロ、斜里第一、網走の4漁協が連名で5点について確約を求め、環境省と道がほぼ意向に沿うと回答した公文書が、3月29日付で出された。

 羅臼漁協組合長(当時)の石黒勝三郎さん(67)は振り返る。「高橋はるみ道知事に『ここまできたら、協力してほしい』と頼まれたが、『はいわかりました、とは言えません』と申しあげた。しかし、結局悪く言われるのは漁民、なんとかまとめていかなければ、と思った」

 候補地には、約50か所の治山ダムがある。夏から秋にかけ、産卵のために遡上(そじょう)するサケ・マスの生息環境を阻害している。IUCNは昨年9月の書簡で、河川工作物について、〈1〉サケへの影響調査を急ぐ〈2〉今後撤去も含めた対策を取る〈3〉すべてに魚道を整備する――を要求した。

 これを受け、環境省、林野庁、道の「知床世界自然遺産科学委員会」は10月、「ダムの問題は単に魚道を作れば済むものでは決してなく、ダムの効果の検証、河川環境への負荷の評価、それに基づく今後の取り扱いについて、様々な選択肢の抜本的な検討が不可欠」とした意見書を環境省、林野庁に提出した。

 行政側には、魚道を設けることで、ダム問題を片づけようとする姿勢が目立つ。科学委員会のワーキング・グループは、抜本的な検討を始める方針だ。

 ◎

 IUCNの評価書で、世界に誇るべき自然保護の取り組みとして絶賛されたのが、斜里町の「しれとこ100平方メートル運動」。

 1977年にスタート。国有林に隣接する離農跡地が売られ、一部は不動産会社を通し、当時の土地投機ブームに乗って全国の所有者に売却された。危機感を抱いた町は、「知床で夢を買いませんか」と100平方メートル分の土地の代金に当たる寄付金1口8000円を募った。のべ4万9000人から計5億円以上の寄付が寄せられ、1997年までに地権者55人から460ヘクタールを買い上げた。

深緑に映えるオシンコシンの滝
深緑に映えるオシンコシンの滝

 「みなさんの協力で実現した運動が、世界遺産登録の大きな力となった」。午来昌町長(68)は、感慨深げだ。

 国有林伐採反対運動で先頭に立った「北海道自然保護連合」代表の寺島一男さん(60)(北海道旭川市在住)は「あの反対運動があったからこそ、いまの知床が守られた。今後も、河川工作物の問題など運動を続けたい」と述べる。

 IUCNの評価書が公表された5月31日。小池百合子環境相は閣議後の記者会見で、「まず地元の調整、理解がないと進まないということだ」と話した。

 「喜んでばかりはいられない。これからが正念場。ガイドたちが協力してよりよい知床になるよう考え、実践していきたい」。昨年設立された知床ガイド協議会の関口均さん(48)は、気を引き締める。

 海の管理計画の策定、河川工作物の撤去を含む対策、新たな観光のあり方に向けたルール作りや利用適正化計画作り――。地元の住民が中心になっての「自然との共生モデル」の構築は、全国、そして世界から注目されている。

(石原健治)

 多様性守るとりでとして

 「放っておくと、自然の多様性も文化の多様性もどんどん失われていく。これを守るのが、21世紀の人類の課題だ」。国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の松浦晃一郎事務局長は、世界遺産の意義をこう説明する。

 今日、なんらかの法で守られた自然保護区は世界で10万を数え、陸地の表面積の約12%。最初の世界遺産が誕生した1978年ごろに比べ、およそ4倍だ。にもかかわらず、世界中で種の減少が報告され、森林が減り、砂漠化が進み、海の汚染が深刻化している。

 開発と利用の波は、保護区の頂点に位置する世界自然遺産にも無縁ではない。

 「世界自然遺産は最初、観光地コレクション的要素があった。でも今は、開発がもたらす破壊と、世界の経済格差の問題に正面から取り組む存在だ」。ユネスコ世界遺産センターのジョバンニ・ボカルディ・アジア太平洋責任者は指摘する。

 もともと、保護区を設けて自然を守る発想は、19世紀にアメリカで生まれた。しかしそれは、訪問者の楽しみのために、野生を手つかずの状態で保存することを主眼にしたものだった。

 特にアフリカ大陸では、植民地支配を行った西欧諸国が、19世紀後半から各国が独立する1960年代までに各地に巨大な保護区を作り、一部はスポーツ狩猟のため使われた。そのために、原住民の利用を制限する事例が、あちこちで見られた。

 自然遺産も当初、この保護の流れをくんでいた。地元民を排除すれば、不満と不公平感を生む。アフリカの国の代表が国際会議の場で「保護区は押しつけられたもの」と発言したり、NGOが先進国の代表に生卵をぶつける事態もおきた。

 「持続可能な発展」や「保護と利用の両立」といった概念が生まれたのは、80年代のこと。環境問題が、経済格差や貧困の問題と明確に関連づけられたのは92年のブラジル・リオデジャネイロでの地球サミット以降だ。

 「居住地を含んだ保護区や、住民参加の管理が重要というのが、自然保護の考え方になった」と、国際自然保護連合(IUCN)日本委員会理事の吉田正人江戸川大助教授は言う。

 近年では、30万人以上が域内に住み、ダム開発問題もある中国雲南省の三江併流が2003年に登録されるなど、世界自然遺産にもこの認識が反映されている。海域保護の課題を抱える知床の登録も、必然の結果といえる。

 だが、その実現は、まだ手探りの状態だ。IUCNのデビッド・シェパード保護地域事業部長(48)は、「重要なのは、保護と開発、利用を結びつけること。保護が、持続的利用に必要不可欠との認識だ」と話す。

 知床には、保護と利用の両立に向けて自主的に取り組み、模範を示すことが期待されている。

(山口香子)

 ◆ヒグマと暮らす奇跡の空間

立松 和平
立松 和平

 知床は野生の生態系がよく残っているところである。知床半島の奥地にいくと、ヒグマが数多く生息している。野生のヒグマを見ることは、それほど困難ではない。ここに知床の特異性があるのだが、そこには漁師たちが定置網の漁業を営む番屋があって、無人の大自然というのではない。

 人にはヒグマは危険な動物だという思いがあり、かつては姿を見かけしだいに駆除という言葉を使って射殺していた。北海道の開拓の歴史とは、一面でヒグマとの闘争でもあったのだ。ヒグマにしてみれば、その生態系の中に昔から当たり前に生きていただけなのに、いきなり人がやってきて生活環境を荒らしたということなのである。そこに因果が働き、ヒグマにすれば闘争のほうに追いやられたということなのだろう。

 知床の番屋のある漁師は、撃っても撃ってもヒグマが出てくるために、彼らの世界を犯しているのは自分たちではないかと考えるようになった。そこで撃たないようにしたら、ヒグマは漁師たちが網仕事をしているすぐそばにきても、何もせずただそこにいるだけなのだ。ヒグマは理由がなければ闘争はしない。姿を見ただけでなんでもかんでも殺すのは、人間だけなのである。

 ヒグマがそばにきても、漁師は気にもせずに自分の仕事をする。ヒグマにしても、人間が自分たちの暮らしを邪魔立てするわけでもないから、ヒグマはヒグマを天真爛漫(らんまん)に生きているだけである。人間を気にせずに生きているのだ。

 ヒグマ自身は自覚してはいないだろうが、人間がはいってきてから川にサケやマスが格段に多く遡上(そじょう)するようになった。孵化(ふか)事業をしているからである。もちろん人間の側からしても、ことさらにヒグマを驚かせるようなことはしないよう特に注意をしている。

 ここに世界でも類を見ない、人間と野生のヒグマが共存する奇跡的な空間が出現したのだ。まことに微妙なバランスの上に成立している野生の聖地は、誰でも足を踏み入れてよいというところではない。そっとしておくべきだ。

 知床を語る時、私はこの話がまことに象徴的であると思うのだ。知床はただ原始の野生が残っているから貴いのではない。その生態系の中に、人間が見事に位置づけられているからこそ、貴重なのだ。

 生物間の生態系とは食物連鎖の流れが中心であり、あらゆる生物は自分より弱い生命を食べて生き延びている。私たち人間も、魚や植物や家畜を食べなければ命を養うことはできない。人間がその生態系の中に位置するということは、野生の生きものも食べるということなのだ。

 知床の野生の生態系は、陸上で最大の動物であるヒグマが歩き、空には猛禽(もうきん)類のオオワシやオジロワシが飛んで、海にはクジラやトドが泳いで、完全であるといえる。そこにすべての食物連鎖の頂点に位置する人間がいて、漁業をしている。地球の生態系とは、人間を排除したところに成立するのではない。人間が生きられる生態系でなければならないのである。

 「俺(おれ)たちが自然を大切にしてきたからこそ、世界自然遺産にも登録されるのじゃないか。世界自然遺産のために、何かを特別につくるということではない」

 知床が世界自然遺産に登録するにふさわしいかと、議論がかまびすしい頃(ころ)に、番屋の船頭が私に向かってふといった言葉である。まことに正論だと私は思ったしだいである。

 自然を保護しなければならないのは、そこが人間が生きられる空間ではなくなってきたからだ。食物連鎖が完全に残っていなければ、人間も生きられないのである。人間を排除してと、排除しないでと、どちらの自然に価値があるかは議論を待たないであろう。

 知床は海の幸も、畑の幸も、また山菜などの山の幸も、格別においしいところだ。人間の生きる大地の知床が、世界自然遺産に登録される意味は大きい。

 ◆南北混交の原始的自然

石城謙吉・北大名誉教授<br />知床世界自然遺産科学委員会委員長
石城謙吉・北大名誉教授
知床世界自然遺産科学委員会委員長

 知床は、流氷が来る地域としては、世界で一番南に位置する。

 オホーツク海にアムール川の大量の水が流れ込む河口域で、冬、シベリアからの冷たい高気圧に冷やされて、氷がどんどんできて、それが流れてくる。流氷は、凍る時に塩分を排出するから、真水の塊。アムール川上流の森林地帯の栄養分を含む水が、氷の塊として、知床まで運ばれてくる。

 流氷の下で、氷から溶け出す水と海水との循環により大量のプランクトンが繁殖し、それを食べる魚介類が育つ。それをオオワシ、オジロワシやアザラシ、トドが食べ、川を遡上(そじょう)すればヒグマやシマフクロウのエサになる。

 半島なので、川の水が流れ出す水源から海岸線までが非常に短い。海底火山活動の結果、海のなかから急峻(きゅうしゅん)な山脈がいきなり顔を出しているような地形だ。海と陸の自然が、本当に狭い範囲で隣り合っている。

 陸の自然は、1万3000年くらい前まで続いた最後の氷河時代に海の水位が下がり、陸地になった海峡を動植物が渡ったため、北と南の動物が交ざり合っている。シカは南からのもの。ヒグマ、クロテン、シマフクロウは北から来て、北海道止まり。そういう南北混交の原始的自然が、知床に残された。

 知床では、264種の鳥が記録されているが、そのなかの6種はIUCNが絶滅危機、絶滅危急種に指定している。その一つ、シマフクロウは全道で130羽いるかいないか、知床では約40羽。種として生き残るギリギリのレベルまで追い込まれている。

 コタンクルカムイというシマフクロウのアイヌ名は、村の守り神という意味で、かつて集落の周りにごく普通にいたと考えられる。道内各地の平地の水が緩やかで魚が豊富な川、その回りに広葉樹の大木の林があるところで住んでいた。和人の進出とともに、まず魚が少なくなった。広葉樹林が開拓や天然林の人工林化により減った。河川改修やダムにより、魚が上流にのぼれなくなった。

 陸地も海も含め、知床の自然はなんとか原生を保ってきたというけれど、安泰ではない。世界遺産になったからといって、世界が守ってくれる訳ではない。世界全体の遺産として守る責任を、われわれが負う。

 難しい課題はいくつもある。まず、持続的漁業による自然と漁業の両立。増えすぎたエゾシカをどうするか。河川工作物の問題。観光客の増加による自然破壊を防ぐ対策。知床の自然を必死になって守ってきた歴史を踏まえると、登録に浮かれることはできない。

 わずらわしい課題を乗り越えることの大切さを社会みんなで認識しよう、というのが、世界自然遺産の登録の出発点だ。

(聞き手・河野博子)

 ◆神様が作ったもののすごさ

北海道出身女優高橋惠子さん
北海道出身女優高橋惠子さん

 知床の玄関口に、小学4年から、東京に引っ越した6年の卒業間際まで、住んでいました。生まれたのは釧路の近くですが、父が酪農をやめて生命保険の営業マンに転じ、斜里町に引っ越しました。

 冬の夜には、ゴーッという流氷の音が聞こえるんですよ。大人たちが「流氷が来る」と話していたので、「ああ、これかあ」って。見にもいきました。分厚い氷が折り重なるようになって。「この氷はどこからきたのかしら」と不思議に思いました。

 知床五湖にも、親と一緒に行きました。いろいろな種類の木々に囲まれて、繊細で神秘的。湖の色も、まわりの緑が映えて、まるでメルヘンの世界でした。

 冷たいオホーツクの海風。浜辺には、アザラシが寝そべっていました。

 人の手が加えられていない自然には、すごく表情がある。人間が作った公園はきれいだけど、つまらないでしょう。神様が作ったもののすごさが、地の果てと言われる風景にはある。それが心にあるので、精神的にちょっと大変でもがんばれるのかもしれません。

 知床には、時々行きます。4年前には、遠くから、海岸にいるクマの親子を見ました。親が大きな石をひっくりかえして、子グマに虫を食べさせていました。

 2歳と8か月の2人の孫も、もう少し大きくなったら、知床に連れて行きたい。

 18歳の時、熊井啓監督の映画「朝やけの詩」で、長野の農家の娘を演じました。道路が通って観光開発がさかんになり、地元の農家の人たちが離農していかなければならないという話です。自然児で湖で泳いでいるような娘ですが、結局、故郷を離れ、家族もバラバラになってしまう。自分の意思によるのではなく、大きな力に押され、それに抵抗できない。理不尽なものを感じながら、生まれ育った風景がどんどん観光地化していくことに、憤りを感じている。全国で、こういう思いをした人たちはたくさんいたことでしょう。

 これからは、もっとそこに住んでいる人たちと自然を大事にした観光になったらいい。自分が住んでいる場所から離れ、いろいろな景色に触れて豊かになったり、やすらいだり。観光って大切ですよね。観光が自然を壊す、いけない、ということではなく、地元の人たちと自然、それに他から来た人たちが触れあう、そんな方向に向かえれば、と思います。

(聞き手・河野博子)


◇◆ 知床の動物たち ◆◇

 【シマフクロウ】

 成鳥の体長は約70センチで、両翼を広げると1.8メートルにもなる世界最大級のフクロウ。ミズナラやハルニレなどの大木の樹洞(じゅどう)に営巣し、サケなどの川魚を食べる。知床では約40羽が確認されており、国内でも120〜150羽が生息するだけと推定される「幻の鳥」。世界的にも1000羽を割っていると見られている。国天然記念物、IUCNの絶滅危惧(きぐ)種。
シマフクロウ
シマフクロウ

 【オジロワシ】

 純白色の尾羽を持ち、体長80センチ、羽を広げたときは2メートル。知床で一年中過ごす留鳥は40〜50羽おり、ほかに越冬期になるとロシア極東地域などから約350羽が渡ってくる。絶壁の上の樹木に巣を作り、周辺の海で魚やカモメなどを食べる。巣は直径1メートル以上、重さ250キロのものも。世界で1万から1万4000羽程度と見られている。国天然記念物。IUCNの準絶滅危惧種。
オジロワシ
オジロワシ

 【オオワシ】

 体長1メートル超、体重6キロにもなる海ワシ属最大の鳥。黒と白のコントラストがはっきりとした翼や、黄色の大きなくちばしが特徴。サハリン北部やアムール川下流域から渡り始め、11月から4月ごろまで知床や根室にとどまり、河川を遡上(そじょう)するサケや、漁網から外れたスケトウダラなどを食べる。知床では1000羽以上が冬を過ごす。ロシア極東地域のみに生息し、5000羽程度と見られている。国天然記念物。IUCNの危急種。
オオワシ
オオワシ

 【トド】

 知床半島東部の羅臼町側で、流氷が漂着する前の12月〜1月ごろに現れる。知床に来る群れには、千島列島やサハリン周辺の島で繁殖し、妊娠した雌が多く、体長約2.2メートル、300キロと比較的小型のトドが多い。スケトウダラ、マダラ、カレイなどを食べる。ロシア極東で、過去30年間で4分の1に減ったとのロシア側の研究者の論文がある。IUCNの絶滅危惧種。
トド
トド
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